「集合と写像」番外編1.空集合,空写像

空集合,空写像

 この記事では,空集合と,ともすると大学の講義では触れられることさえない「空写像」と呼ばれるものについて,解説する.

命題の真偽

 空集合に関する議論では,命題「\(P\Rightarrow{}Q\)」は仮定である \(P\) が成立していなければ偽である,ということをよく使うので,思い出そう.対偶を考えると,理解できるのではないかと思う.こちらでも少し解説している

空集合

 まずは,空集合の定義を復習しておこう.

定義 E-1

 空集合とは,元をひとつももたない集合のことである.\(\emptyset\) で表す.

 空集合の存在は,この記事では仮定することにする.
 定義と併せて,空集合は任意の集合の部分集合であることを,こちらで紹介した.ここでは,その証明をしておこうと思う.

定理 E-2 空集合は任意の集合の部分集合である

証明

 部分集合の定義から,任意に与えた集合 \(A\) について,[\(x\in{}\emptyset\Rightarrow{}x\in{}A\)] が成立することをいえばよい.

 すなわち,\(x\in\emptyset\) を仮定すると \(x\in{}A\) が成立することをいえばよいのであるが,ここでは,仮定である \(x\in\emptyset\) は空集合の定義から常に偽である.したがって,直ちに [\(x\in{}\emptyset\Rightarrow{}x\in{}A\)] の成立がわかる.

(証明終)

 これにより,空集合はひとつしかないことがわかる.

定理 E-3 空集合はひとつしか存在しない

証明

 \(A,B\) を空集合とする.このとき,定理 E-1 により,\(A\subset{}B\) かつ \(A\supset{}B\) であるので,集合が等しいことの定義から,\(A=B\) である.

(証明終)

 以上で,空集合はひとつしかなく,それは任意の集合の部分集合であるという著しい特徴がわかった.

空写像

 今度は,写像 \(\emptyset\to{}B\) と \(A{}\to\emptyset\) について考えよう.そのために,まずは写像の定義を復習しよう.(直積の定義はこちらを参照)

定義 E-4 写像

 集合 \(A,B\) が与えられているとする.直積 \(A\times{}B\) の部分集合 \(f\) を与えたとする.\(f\) が条件
$$\forall{}a\in{}A,\ \exists{}b\in{}B\ \ \mathrm{s.t.}\ “
(a,b)\in{}f\ ”\ \ かつ\ \ “\ b\ でない任意の\ B\ の元\ \beta\ に対して (a,\beta)\notin{}f\ ”$$ を満たすとする.つまり,任意に与えた \(A\) の元 \(a\) に対し,\({}(a,b)\in{}f\) なるような \(b\in{}B\) がひとつだけあるとする(記号\(\forall,\exists\)についてはこちらを参照).
 このとき,\(f\) を写像とよび,\(f(a)\) を,

\({}(a,f(a){})\in{}f\ を満たす\ B\ の元\)

と定義する.\({}(a,b)\in{}f\) となる \(b\) は各 \(a\) に対して一つしかないので,\(f(a)\) は矛盾なく定義されている.

\(\ \)

 この定義から,空集合について考えていないときには,写像を集合 \(A\) のすべての元に,ただひとつの \(B\) の元を対応させるものと考えてよいのだった.では,\(A\) が空のときにはどうなるのであろうか?

定理 E-5

 任意の集合 \(B\) について,写像$$f:\emptyset\to{}B$$が存在し,$$f=\emptyset$$である.(写像は集合であったことに注意しよう!)

証明

 直積 \(\emptyset\times{}B\) は \(\emptyset\) である.したがって,その任意の部分集合も \(\emptyset\) である.したがって,\(\emptyset\) が条件
$$\forall{}x\in{}\emptyset{},\ \exists{}b\in{}B\ \ \mathrm{s.t.}\ “
(x,b)\in{}\emptyset\ ”\ \ かつ\ \ “\ b\ でない任意の\ B\ の元\ \beta\ に対して (x,\beta)\notin{}\emptyset\ ”$$
を満たすことを示せばよい.この条件は,以下のように書き換えることができる.
$$x\in\emptyset\\{}\Rightarrow{}[“
(x,b)\in{}\emptyset\ ”\ \ かつ\ \ “\ b\ でない任意の\ B\ の元\ \beta\ に対して (x,\beta)\notin{}\emptyset\ ”\\なる\ \beta\in{}B\ がただ一つ存在する]$$

 ここで,仮定である \(x\in{}\emptyset\) は常に偽である!したがって,この条件はたしかに成立していて,\(\emptyset\)から任意の集合への写像は \(\emptyset\) である.

(証明終)

 この「写像である」\(\emptyset\) に,特別な名前を与えよう.

定義 E-6 空写像

 定理 E-5 より存在がわかった,写像 \(\emptyset{}:\emptyset\to{}B\) のことを空写像という.

 では,値域が空の場合はどうなるのだろうか?この場合,定義域も空である場合を除いて,写像は存在しない.

定理 E-7

 \(A\) を空でない集合とする.写像 \(f:A\to\emptyset\) は存在しない.

証明

 直積 \(A\times\emptyset\) は \(\emptyset\) である.したがって,条件$$\forall{}a\in{}A{},\ \exists{}y\in{}\emptyset\ \ \mathrm{s.t.}\ “
(a,y)\in{}\emptyset\ ”\ \ かつ\ \ “\ y\ でない任意の\ \emptyset\ の元\ y’\ に対して (a,y’)\notin{}\emptyset\ ”$$が成立しないことを確認すればよい.

 空集合の定義から,結論にある \(\exists{}y\in{}\emptyset\) は常に成り立たないので,上記条件は確かに成り立っていない.

(証明終)

 以上により,定義域,あるいは値域が空集合である場合の写像がどうなるかがわかった.空集合に少しでも親しみを感じていただければ幸いである.

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